2015年9月11日金曜日

1-ヘビはいなかった

ある夫婦の物語の目次へ

根負けした夫がベッドから這い出てきた。
ベッドの中に大ヘビはいなかった。
それでも私はこの家の中にヘビがいると主張し続けなければならない。
ヘビ退治のためには夫にヘビの存在を納得させる必要がある。
世界中の人が嘘の情報の中で馬鹿げた行動を続けるのを見過ごすわけにはいかないからだ。
例えば戦争とか。嘘の情報を暴いた上で戦争したい人は戦争すればいい。

「大ヘビがいるという証拠(proof)は?」
「証拠?じゃああなたが寝室の扉を開けば見慣れた廊下を見ることができるという証拠は?」
「は?」
「あなたが寝ている間に誰かに偽物の寝室へ移されたかも知れない」
「そんな可能性はほんの僅かしかない。この家で何年も暮らしているがそんなことは1度もない」
「あなたが言っているのは証拠ではなく根拠(evidence)よね?多くの根拠から見慣れた廊下が見られると結論しているのよね?」
「…」
「昨日おろしたばかりのパジャマを着たあなたが眠ったまま誰かに連れ去られる写真を私が見せたとしたら、その結論は大きく変わるわよね」
「そんな写真があるのならな」
「大ヘビがいるという証拠はないわ。ただ根拠は溢れるほどある。
今夜のうちに全ての根拠に目を通して推論をしなおしてとは言わないわ。
時間を掛けて推論を繰り返した上で自分の結論に納得しない限りヘビは見えてこないから。
そんなんじゃとてもヘビ退治なんてできないわ」
「お前は頭がおかしいんじゃないのか?」
「私はあなたにだけじゃなく世界中の人たちに大ヘビを見せなきゃいけないのよ。ヘビ退治はそれから」

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